2009年03月05日

長いようで短かったな

昨日は書く力をきたえるプログラムの最終日。

一昨年の11月からこのプログラムには関わらせて頂いている。
今の自分があるのも、このプログラムがあったからこそだと、本気で思っている。
このプログラムに関与することがこれで最後だと思うと、中学校まで向かう足取りが重かった。

内容は各クラス様々だったようだが、僕が担当したクラスは100点中70点ぐらいの成果だったかなと思う。
予定していた時間よりも早く終わりそうだったため、急遽、僕が来年から就職して働いていくことを語ることにした。

正直、僕は10日間程度一緒にいた中学生に、「本当に頑張ってくれよ!おまえら!」的な感情を持っていたとは思えない。
がしかし、中学生を俯瞰していたわけでもない。
僕らが彼らの中に入ることで、何らかのきっかけになればそれでいいという思いが一番大きかった。

授業が終了し、クラスを出るときに、一人の中学生が、
「今までありがとうございました。」
と一声かけてくれた。
その一声だけで、僕は気持ちが満たされたような気がした。

その後、全体の総括を終え、打ち上げに。

なかなか忙しくて全員とは話すことが出来なかったけど、楽しんでいただけましたか?
後輩のみんなを見ていると、僕がその年齢のときと比べようもないほど素晴らしい生徒ばかりで、少し羨ましく思いました。
でも、考えてみると、T教授が与えてくださる機会は皆平等になっているのです。

自分から動き出すことはとても勇気がいる。
波風を立てられることを嫌う人が、周りにはたくさんいるから。
でも、少しずつでもいいなら、少しずつでも自分を成長させたいと思っているなら、与えられた機会に乗っかってもいいんじゃない?
もはや、乗っかってばっかりでもいいと思う。
自分が出した答えがあり、それ相応の理由とやる気さえあれば、人生なんてどうにでも変わると、真剣に僕は思っている。

嗚呼、少しセンチな気持ちになってきましたので、以下に僕のゼミ奮闘記を書きます。

2005年、春。
大学にはDJをするために入学。
科目登録の際に、「1年基礎ゼミナール」という意味の分からない授業を強制で受けなければならず、そのときに振り分けられて入ったのが「Tゼミ」。
僕はそのとき、
「あ。あの先生商学部長(?)の人やん。まぁ、リーダー格みたいだし、信頼できそうやな。」
と思っていました。
そうして入った「Tゼミ」。
最初のレポートの課題を先生に提出したときに、T教授より、
「君はもう来なくていいから。」
と言われたのを覚えています。

あれはなんだったのか…?w
「お言葉に甘えて」という表現でいいのかどうか分かりませんが、それ以降行きませんでしたがw

2006年、春。
2年ゼミの合格者発表の日。
掲示板に名前が貼りだされるのですが、正直、緊張していました。
なぜなら、僕は「Tゼミ」を第一希望として提出したのですが、一年生のときに最後に言われた「もう来なくていいから」の真意は、
「僕のことを既に見切ったのか…?」
という何とも根拠のない畏怖感を持っていたからですw
その深読みとは裏腹に、見事合格。
そのときは無心に嬉しかったです。
ただ、本当の志望理由を書きますと、
「テキトーな感じが面白かったから」ですw

さて、2年ゼミの内容はというと、
ごめんなさい…覚えてません…。。。
覚えていると言えば、秋頃に二つ上のN先輩に2年ゼミでお話して頂いたことですかね。
それ以外の記憶は、見つかりません。。。
たぶん、記憶喪失ですorz

そうして、3年ゼミ。
このときが一番の変革期です。
自分と真っ向から向き合ったときだと思います。
このときに、初めて同じゼミ生であるDくんと知り合ったんだよなぁ。
自らが企画したゼミ飲み会で一悶着があり、結果、Dくんと話すようになった。

それからDくんに誘われる講習会や飲み会などに参加するように。
何が何やら分からない種類の会合にも参加した。
たぶん、
自分が知らない世界を知ることの面白さに気付いたのだと思う。
それもTゼミの形の一つではなかろうか。

その気持ちは変わらず、秋頃から始まった「書く力をつけるプログラム」に参加。
ここで、Hさんに出会いました。
今では、僕の人生を語る上で欠かすことの出来ない出来事となりました。
就職活動中にも関わらず、そのとき僕の中では「書くP」が最優先事項でした。
就職活動での自己分析に繋がることもあるし、必ず社会に出てからも必要とされる一種の能力だとの思いで参加していました。

その中でも、僕が書いた文章をHさんに褒めてもらったときは最高に嬉しかった。
作文が苦手で、小学校から国語を放棄していた僕にとって、作文を褒められるということは、本当に嬉しいことで。

その流れでどんどん没頭していって、4年になったときはほぼ「書くP」のことばかり考えていました。

僕のゼミへの関与は、大体こんな感じでした。
今思えば、もっと早くから素直に乗っかっておけば良かった。
まぁ、過去は取り返せないにしても、将来に持っていくことは出来る。

答えは自分の中に。

まとまりが恐ろしくない日記になりましたが、本当にお世話になりました。
謝謝。


追伸
卒業パーティーで流すのを忘れていました。
大好きな曲なので、また貼っておきます。

posted by skabass at 01:01| 福岡 晴れ| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そうかー。
EGAくんのこれまでダイジェストがわかってよかったな。
先生の言葉はもしかしたら、あなたの後ろの人に、だったりもするのだろうけど、受け取り方で一生が変わることもあるんだねぇ。きっと。
良くとどまってくださいましたわ。

秋の書くPはあなたにとってどうだったんだろう?
「本、DJ」とやりたいことは書かれているけど、
あなたの本心がごちゃついていた、そんな印象を得ていました。
もう一度あのテーマであなたが書くなら、どんな文になるかな。本心は決まっているのだから、本屋DJはツール(愛すべきもの)としてのかかわりである、と書くのか?いや、定型が嫌なあなたですからもっと違う形で来るんでしょうね。いえ、決して書けといってるわけではないですよ。
でも「どうして、僕の人生を語る上で欠かすことの出来ない出来事」になったんやろうねぇ。
そこが知りたいな。
私としては、こういう仕事ですから、あなた方の内面を知るわけですね。そこで掘っていくことが仕事ですから、人の思いの中にずけずけと入っているわけです。やだなーと思われるかもしれないというのは五分五分。でも行って、ダメだしをするんです。ここで拒否反応を起こす人もいます。
それはそれで仕方ない。

だから、書くPって最初のふるい落としが結構強烈なんですよね、実は。
それでもついてこれている君たちは、本当に優秀です^^誇りです。^^
そんな場に居られて関われることが私の喜びです。こんな仕事、いいよ(笑)。20年後に考えてみてください(笑)

さて、くりぽんに協力してあげてくださいね。



Posted by hyoco at 2009年03月07日 02:48
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