2009年06月27日

前方に死を覚悟して置く事なり


死ぬことと見つけたり〈上〉 (新潮文庫)

死ぬことと見つけたり〈上〉 (新潮文庫)





死ぬことと見つけたり〈下〉 (新潮文庫)

死ぬことと見つけたり〈下〉 (新潮文庫)

  • 作者: 隆 慶一郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1994/08
  • メディア: 文庫




鍋島藩を舞台に、斎藤杢之助という葉隠武士の生き様を描いた作品。

実は、この作品と出会ったのは、4月からの研修東京にいた際に、同期の紹介で勧められたことに端を発する。
同期の読書友達の一人で、「くそ面白い」といきなり勧めてきやがった。
僕はそのとき、相変わらず司馬遼太郎の世界にどっぷり浸かっており、勧められたこの作品を一瞥し、何の気にも留めていなかった。

後日、東京神保町を散策していた際に、偶然、この「死ぬことと見つけたり」という作品が目に留まった。
僕は、「まぁ、読んでみるか」ぐらいの軽い調子で本を手に取り、レジへ向かった。

神保町から宿泊所へ帰る電車内で、ふと本を開き、いつものように読み始めた。

読み始めてすぐに気がついた。

「くそ面白い。」

何が面白いのか。
冒頭の文章にこのような文章がある。

『必死の観念、一日仕切りなるべし。
毎朝心身をしづめ、弓、鉄砲、槍、太刀先にて、すたすた(ずたずた)になり、大浪に打取られ、大火の中に飛入り、雷電に打ちひしがれ、大地震にてゆりこまれ、数千丈のほき(崖)に飛込み、病死、頓死等死期の心を観念し、朝毎に懈怠なく、死しておくべし。
古老曰く、「軒を出づれば死人の中、門を出づれば敵を見る」となり。
用心は事にあらず。
前方に(あらかじめ)死を覚悟して置く事なりと』

この発想は、僕の中にすとんと落ちてしまった。
なぜ、腑に落ちたのか。
僕の中に、「生きる」覚悟がなかったからに他ならない。
あまりにも「生きる」とは抽象的な表現で、何に対して「生きる」のかが曖昧ではあるとは思うが、正直、それすらも特定できないほどすべてにおいて覚悟が固まっていなかったのではなかろうか。
僕はそう思った。

僕の今まで隠してきた部分を不意に見つけられた心持ちになった。

自分の弱い部分を補填しようと努力する自分がいる。

僕はまだまだ変わっていける。


だから、僕は面白いと思ったのでしょう。


ちなみに、舞台となっている「鍋島藩」。

まさか、そこに着任する事になろうとは。。。

人生、面白すぎますね。

さーて、次は何を読もうかな。
posted by skabass at 13:22| 福岡 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/122341021

この記事へのトラックバック