今までも多くのミスを客観的にはしていただろうが、意識できるほどのミスは今日が初めてではなかろうか。
大きなミスではないが、今までにない独断によるミス。
つまり、僕の判断が結果として間違っていたということだ。
初めてがっくりきました。
上司の方から、
「君もそんなに落ち込む事があったんだ。君も人間だったんだね。」
と言われたその瞬間、
「ま、いっか。」
と立ち直る自分。。。
「・・・やっぱり、人間じゃなかったんだね。」
上司の方から人間ではないとの宣告を頂きましたw
まぁ、僕としては今回のミスをプラスにとらえているわけで。
その理由は大きく分けて3つ。
一つは、そもそも、ミスをすることほど僕自身にとって大切であり、必要な事はないとすら思っているからだ。
以前、本ブログにも書かせて頂いたが、僕のベーシックな部分は「劣等感」で構成されている。
他人よりも自分は劣っている。
だから、他人の10倍、20倍は努力をしなければならない。
そんなことはとうに分かりきっている。
その(自分で言うのは非常に恥ずかしいが)努力をした上で、失敗をする。
これほど自分を打ちのめしてくれる事は他にない。
だから、もっと自分を高める努力をする事ができる。
2つ目の理由は、そんな時間はない、だ。
僕はがっかりしている時間などもったいないと思っている。
一つのミスをいつまでたっても気にしているのは反吐が出るほど嫌いだし、そんな悩んでいる時間があるのであれば、本の1冊や2冊が読めるではないか。
時間は有限だ。
もしくは、「Time is money」である。
終わった事をくよくよ悩んで、お前は乙女か?と言いたくなる。
まぁ、乙女というものをくよくよ悩んでいるものと定義していいのか分からないが・・・。
そして最後の理由なのだが、構想力を養えるからだ。
正直、これは断定的な事ではなく、あくまでも治験的に考えている事だが、
「この仕事をこのようにこなせば、あのようになり、それは悪い方向へと向かって行く。」
という嗅覚を身につけていくことができる。
ミスをしなければ、常に綱渡り状態となる。
「百見は一経に如かず」
ミスをしたことがあるというのは、次回の局面での構想の幅を広げることに繋がるのではないだろうか。
そうすることで、如何様な事態に巻き込まれようとも、事態を収束する道筋が幾本も広げて行く事ができる。
以上、3点の理由から、僕は今回のミスを大歓迎しているのである。
なんだか、ふと思うのだが、僕は僕に対してサディスティックなのであろうか?
もしくは、マゾヒスティックなのだろうか?
中間があるのだろうか。。。
その答えには少しだけ興味がありますが、現在これを読んでます。
樋渡武雄市長のブログにて紹介されておりましたので、会社を抜け出して即購入。
案外、日本人でありながら天皇(エンペラーではない)について知らない僕。
なかなかラディカルで面白いです。
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しかしあなた、よしりんに手を出しましたか。
この人のスタンスも最近ようわからんわ。